Vision

品格ある風景

栗生明の恩師、穂積信夫先生の著書「エーロ・サーリネン」に印象的な一節があります。

「……フィンランドの自然児であったエリエルは、絵を描くのが好きであった。それも、屋外に出ての写生である。自然を写生するうちに、樹や花の美が目に映ったが、しかしそれだけではない。風景を描こうとすれば、家が登場してくるのである。家が自然と一体になり、家があることで風景になることを会得した少年の心のなかに、家が美しいものであるという印象をもったとしても、不思議ではない。……」

「建築があることで風景になる」

近代建築が軽んじていた視点がここにあります。建築は人間というフィルターを通してかたちづくる風景のひとつの要素だと考えられます。フィジカルな視覚環境を表現する「景観」と言う言葉と比較すると、「風景」は人間の意識や記憶にかかわり、文学的ニュアンスをもって語られます。

手つかずの自然より、たとえ僅かでも人間の営みを読み取れる風景に人間はより強く共感すると言えるでしょう。こう考えると建築の責任は重いと言わざるを得ません。

わたしたちは建築や環境を計画することで「品格ある美しい風景」を作ることを目指しています。

環境の文脈

建築を計画するときには本来、「新築する」という言葉は相応しくないのかも知れません。既存の環境に「増築する」あるいは既存の環境を「改築する」と言ったほうがより正確に思われます。

敷地の内部だけで建築をオブジェのように考え計画することは、「ひとりよがり」の誹りをまぬがれません。どんなに小さな個人の住宅であっても、無人の荒野に建設するのでないかぎり、ひろく「社会性」「公共性」を持った存在であると考えるべき存在です。

たとえば、建築に関わるのは建築の所有者だけではありません。

その建築を利用する人々、あるいは隣近所の人々、さらにその建築の前を通り過ぎる人々、少し大袈裟に言えば同時代の人々にも関わりがでてくることに気付かされます。「人間」の営みに対する洞察こそが建築を豊かなものにしてくれます。

土地と切り離すことのできない建築は、その土地の地形や気候風土にも大きく影響されます。そこで土地に根ざした伝統的な建築の知恵を学び、理解し、援用する必要がでてきます。また、その土地がたどってきた過去の歴史を知ることも、将来どのように変わっていくかを予測することも極めて重要です。建築は「空間」のデザインであると同時に「時間」のデザインでもあると考られるからです。

わたしたちは建築や環境をデザインするとき、「人間や空間や時間の文脈」を充分に読み解きながらデザインすることを目指しています。

柔軟な提案

建築の計画は「プログラム」が与えられてスタートするのが普通です。プログラムは一般的には「与条件」と呼ばれ、数えあげるときりがありませんが、まず敷地、機能、予算などがあげられます。しかしこれらの条件を絶対的なものと考え、すぐに設計作業にかかるのは不用意に感じられます。

隠れているプログラムや、気づかなかったプログラム、さらには発見する、あるいは新たに創作するプログラムもあります。

「何が一番重要なのか?」

「その時、その場で、その人間関係でしか実現できないものは何か?」

新しい材料や工法がプログラムのハードルを高くしても、質の高い空間の実現を可能にすることもあります。

また、なにもプログラムが設定されていない段階で、計画を依頼されることさえあります。敷地も機能も予算さえも決まっていない。唯一プログラムといえそうなものは「設立20周年を記念する施設を計画して欲しい」といったことだけの場合もありました。極端に言えば、依頼を受けなくとも常に新しいプログラムの提案を行っていきたいと考えています。プログラムの語源はPRO(前もって) GRAM(描く)からきているからです。
過去の例を見ても、優れた建築や環境は、優れたプログラムの設定にかかっているといっても過言ではありません。我々はプログラムの作成に柔軟に対応し様々な提案をすることを目指しています。

コラボレーション

人間社会のなかでひとりでやれることはたかがしれているし、ひとりでは楽しくありません。

特に建築や環境の計画は様々な分野の専門家の協同によって成り立っていることは言うまでもありません。しかしここでの協同作業はデザイナーやエンジニアとの協同だけに留まりません。まず、施主との協同作業から始まります。先に述べたプログラムの確認作業や再検討はこの作業にかかっています。つぎにその建築や環境を利用する人たちとの協同作業があげられます。「グループインタビュー」「ワークショップ」などの協同作業を通して利用者のニーズをくみ上げます。さらに前例のない計画を実現させる場合などは綿密な行政との協同作業もかかせません。そして現場では施工者、職人たちとの試行錯誤の協同作業が空間の精度をあげていきます。そして竣工後、その建築を運営管理する人々との協同作業も忘れてはならないと考えています。建築が生まれてから役割を終えて解体されるまで、様々な人々との協同作業がリレーされていきます。

最後に事務所のメンバーの協同作業があげられます。メンバーは前述したすべての協同作業のディレクターとして作業をプロモートしていくことになります。

事務所の名称に「総合」とついているのもこうした事務所の姿勢を表現しており、ハードだけでなくソフトも含む様々な分野の専門家を統括し環境をつくりあげています。

計画の時点で「最良の協同作業のテーブルを設えること」「最良の専門家を集めること」さらに実行の段階では「ひとつのビジョンのもとに協同作業を遂行する」ことに全力をつくします。

我々はコラボレーション(協同)作業を通じて時代のニーズに適切に答えることを目指しています。